2006年10月02日

[ 「新しいカルテのやさしい書き方」に対する問題ご指摘に答えて

「新しいカルテのやさしい書き方」に対する問題ご指摘に答えて

                               医療面接に学ぶ会
山口 功 小出良子
 私たち「医療面接に学ぶ会」は「新しいカルテのやさしい書き方」について考察し、その提案が「医道の日本」誌2004年9月号から11月号まで3回にわたり連載されています。
この拙文に対し、「医道の日本」誌2005年10月号において北辰会の藤本蓮風、堀内秀訓両先生から誠に興味深い問題ご指摘をいただきました。「紙面で大いに議論を」という両先生の寛大なご厚意に甘んじ、早速、問題ご指摘についてお答えいたします。
なお、北辰会の藤本、堀内両先生にはこのような建設的議論のきっかけを作って下さったことに心から感謝申し上げます。

読者からのメール
 さて、議論の前に北辰会の論文をお読みになった読者の方々から、当会に寄せられたメールの一部を、まず、ご紹介しましょう。
「私の率直な感想は、多様性を認めない『自分たちのグループが一番』という、排他的な世界が鍼灸業界には、しっかりあるということを改めて認識しました。投稿文(藤本、堀内論文)の中に『理解不能』とありましたが、私には理解できないことが理解不能です」。
少々、厳しい内容のメールですが、原文どおり掲載しました。このように貴会の問題ご指摘の内容は、読者の方々の一部に少なからず、異色の反論として衝撃を与えたようです。読者は貴会の問題提起のどこに排他的なものを感じたのでしょうか。
十人十色という言葉のように、同じ鍼灸師でも一人ひとりの考え方や治療法は異なります。鍼灸師には一人ひとり枠組みがあって、その枠組みはそれぞれすべて異なり、その中でお互いに違いを認め合いながら鍼灸臨床は存在しているのでしょう。
ところで、その鍼灸臨床において従来とは異なり、確実に変わってきているものがあります。それは「患者さんが鍼灸医療に求めること」や「社会が鍼灸師に求めること」の、その中味です。
時代と共に変わる患者さんの求めに、無自覚であれば「排他的」との指摘は免れないでしょう。このことについては、治療に最善を尽くそうとする鍼灸師が必ずしも「患者さんの視点」に立った医療を実施しているとはいえないことを、後の文章で明らかにしたいとに思います。
さて、問題指摘文によるご指摘の論点は、次の5点になります。
1.鍼灸医学としての「問診」はいかにあるべきか
2.カルテはいかにとるべきか
  @カルテ記載はいつ行うのか
  Aカルテは何のために記載すべきか
  B重篤疾患の除外という項目はいかがなものか
Cカルテに記載すべき事項は何か
それでは順を追って、一つひとつについてお答えしましょう。

1.鍼灸医学としての「問診」はいかにあるべきか
まず、鍼灸医学としての問診を、「鍼灸臨床」としての「医療面接」に言葉を置き替えていただきましょう。臨床現場では鍼灸を学問というより、臨床または医療としてとらえているからです。
また、「問診」は医療改革によりその弊害が指摘され、すでに死語となりつつあります。現在、医療に携わる人々の間では「医療面接」という言葉が使われ、患者中心の医療を考える際の基本的な用語となっております。
したがって、貴会のご指摘は「鍼灸臨床としての医療面接はいかにあるべきか」ということになります。しかし、これについて私たちがお答えするには莫大な紙面を要します。すでに医療面接に学ぶ会としての考察を「医道の日本」(2001年11月〜2002年5月号)において掲載済みです。ご興味がございましたらご一読くださいますようお願い申し上げます。
医療を取り巻く社会は、今や医療者側からの一方的な「おしつけ」や「おまかせ」医療に対して「ノー」というサインを出しています。医療に対する社会の要請は、医療者中心から確実に患者中心へと変わりました。鍼灸が医療であるならば、東洋医学は他の医療と別であるという論理は通りません。
今までのような鍼灸師側からの一方的な問診という聞き取りではなく、患者さんが自分自身の病気や症状をどのように考えているのか、それを自分の言葉で話す。そして、適切な情報提供のもとで治療法の決定に患者さんも参加する。このことは医療面接を抜きにしておそらく四診合参では得られないでしょう。
ところで、「新しいカルテのやさしい書き方」は、鍼灸臨床に「患者中心の医療」を実現するために医療面接を導入したことを受けて書かれました。医療面接の導入によって鍼灸臨床が変わったから、新しいカルテの書き方が必要になったのです。
「新しいカルテのやさしい書き方」を理解するためには、医療面接の学習が必要です。

2.カルテは、いかにとるべきか
@カルテはいつ記載するのか
前項で「新しいカルテのやさしい書き方」を理解するためには、医療面接の学習が必要と書きました。「カルテはいつ書くべきか」は医療面接を理解するためのとても良い問題提起です。私たちのように年齢を重ねますと記憶力もだいぶ衰えてきますが、それでもまだ15分〜30分の医療面接の内容は覚えられます。それを治療の合間や治療を終えてから、現病歴や既往歴として書くこともできます。
しかし、ここで大切なことは、医療面接でいかに患者さんとの信頼関係を築くかということです。それには尋問ではなく病気に対する患者さんの考えや思いを引き出し、どのようにつらいか理解したことを伝えなければなりません。そのためには患者さんの言葉にならない「ことば」(しぐさ、表情,身振り、声のニュアンスなど)から現在の気持ちや鍼灸に望むことなどを読み取らなければなりません。カルテを書くことに夢中になっていては到底できないことばかりです。
北辰会では2時間に及ぶ問診も珍しくないということですが、痛みや不安を抱えた患者さんが長時間、問診される気持ちに少しでも思いを寄せられたことがあるのでしょうか。
ここに先生方が懸命になるほど患者さんの視点に立った医療が行なわれなくなる、一つの見本があります。

Aカルテは何のために記載すべきか
カルテは何のために記載するのかという問題について、北辰会の主張は「カルテは四診合参のため」ということです。私たちの主張する「鍼灸師の身を守るため」というのは「自己保身である」とのご指摘でした。
この問題に関しては論点を2つに分けて考える必要があります。
一つ目は、カルテは何の目的で何をどう書くか。二つ目は、社会が鍼灸師のカルテに何を求めているのか、ということです。
まず、カルテは何の目的でどう書くかという問題です。
医師には医師法第24条による診療録記載の義務があります。しかし、鍼灸師にはあ・は・き法による診療録記載の義務はありません。そうすると鍼灸師がカルテに何をどう書こうが書くまいがそれは自由であり、法的には規制されないということになります。
その中でカルテを書かなくてもよい鍼灸師がカルテを書くことになれば、その内容は鍼灸臨床に対する考え方や流派の違いにより、実に様々なものになるでしょう。たとえば四診合参のためであったり、保険請求の資料だったり、診療行為の記録と検証のためだったりします。お互いの考え方の違いを認め合って大いに議論すべきところでしょう。
二つ目は社会が鍼灸師のカルテに何を求めているのかという問題です。カルテ記載という法的規制がない中で、社会が鍼灸を医療として認めるために最低限、求められるカルテの内容とはどんなものでしょうか。
人体に鍼を刺し灸をすえるという基本的には傷害となる行為が、医療行為として認められるのは、鍼灸師のライセンスと患者さんの承諾とがあるからです。この医療行為を行う鍼灸師には、患者さんにどのような医療行為をしたのか、どのように話したのかなどの医療記録を残すことが、ライセンスを有するものとして当然、求められることになります。
また、「鍼灸マッサージに於ける医療過誤」(藤原義文著)の報告によると、鍼灸師は過去28年間で約130件の気胸による医療事故を起こしています。業界では、リスクマネージメントや医療事故対策としてカルテの記載を奨励しています。弁護士を招いた研修会では、カルテを記載していないと自分自身の身を守ることができないことを、再三再四くり返し警告しています。
したがって、カルテは鍼灸師が医療行為を行なった「証」として、また現在、頻発する医療事故に備えて鍼灸師自身の身を守るものとして記載するべきと考えます。カルテを何の目的でどう書くのかという前に、鍼灸師は医療行為の記録を残すことが大切です。
貴会が主張しているのは北辰会だけのカルテのあるべき姿であり、私たちが主張しているのは流派の違いを超え、共通して社会から求められる鍼灸師の最低限のカルテなのです。

B重篤疾患の除外という項目はいかがなものか
「四診合参など過去の東洋医学の壮大な歴史の中で発展し続けた、この極めて合理的かつ神秘的な医学を、それに携わる者、自らその価値を理解しないどころか放棄し、医学の座から率先して降ろそうとしないで下さい」と、切実に訴える心情が読者に伝わってきます。
医学は東洋と西洋でその医療行為は異なっても、患者さんを治すという医学の目指す方向は同じ筈です。鍼灸師が患者さんの問題に真正面から向き合おうとするとき、その手段に東洋医学的診断を行おうが、西洋医学的診断を行おうが、それは鍼灸師の自由ではありませんか。ただその鍼灸医療を選択するのは、あくまでも医療を受ける患者さんだということです。
患者さんが鍼灸師から東洋医学的診断と治療の説明を聴いて納得するのか、西洋医学的診断と治療の説明を聴いて納得するのか、その選択権は患者さんにあります。
また東洋医学の中にさえ様々な診断法や治療法があり、その数が多ければ多いほど患者さんの選択肢は広がるでしょう。選択するのはあくまでも患者さんです。その患者さんの医療に対する意識の変化に医療者である鍼灸師が、気づかないことのほうがはるかに問題なのです。
さて、鍼灸臨床における医療面接はいかにあるべきかという観点から、重篤疾患の除外について考えてみることにします。現病歴の中に重篤疾患の除外という項目をなぜ入れたかと申しますと、病態を把握するための7つの項目(いつ、どこが・・・・)が出揃ったところで、まず鍼灸適応の判定がなされるべきだと考えたからです。
病歴から重篤疾患の可能性が少しでも推定されるならば、貴会が主張する「順逆という有用実践的な診断」も含めて、患者さんに根拠を挙げて説明し、今後どうするか、患者さんが選択できるための情報を提供すべきでしょう。
「鍼灸師が患者さんを救わないのか、東洋医学を放棄するのか」とのご指摘ですが、その前に、目の前の患者さんにとって最善最良の治療法は何かを考えることが先決です。
鍼灸治療するかどうかを決定するのは鍼灸師ではなく、患者さんが決定できるよう選択肢を考えながら情報提供し、支援するのが鍼灸師の役目です。
患者中心の医療は目の前で、もうとっくに始まっているのです。

Cカルテに記載すべき事項はなにか
貴会の主張する「日常生活の注意点などをどのように話したか、鍼灸師の言葉をそのまま記載する必要がなぜあるのか、理解不能である。そんな労力は、より正確な四診合参の為に使うべきではないだろうか」にお答えします。
私たちは、医療行為にミスはなくとも医師の説明不足は過失と認められ、医療過誤となりうる時代を迎えています。
先頃、脳腫瘍と診断され、開頭手術を受けて亡くなった高2の両親が訴えた裁判で「手術の危険性や代替治療法などの説明があれば、他の治療法を選択して開頭手術の実施を避けられた可能性は充分にあった」として、主治医の説明不足を過失と認める判決がありました(西日本新聞2003.6.27)。
鍼灸師が患者さんにどのような医療行為をし、どんなことを話したかは、医療記録として必要なだけでなく患者さんにとっても重要な事柄です。
ここで改めて言うまでもなく、患者さんにとって医療者の言葉は色々な意味で重要かつ深刻です。そのことを記録することの必要性にどんな理解不能があるのでしょうか。果たしてそれは本当に「そんな」といわれる「労力」なのでしょうか。
鍼灸師が何を言ったか、それに対して患者さんはどう答えたか(逆の場合もある)は、鍼灸師の臨床に対する責任と医療事故対策のために欠かせない記載事項となります。
さて、北辰会専用カルテを拝見しました。現段階では最も優れたカルテと自薦し、自負されているカルテです。そのカルテに記載すべき事項を見て、私たちや多くの読者の方々は驚嘆されたことでしょう。総数8枚に及ぶカルテを数時間かけて丁寧に問診する、その行為自体に頭が下がります。
ところで北辰会の治療を受けられる患者さんは、このことをどのように感じられているでしょうか。2時間におよぶ問診を一度、ロールプレイで患者役になって体験されると、また新しい発見があると思います。
最後に、藤本蓮風、堀内秀訓の両先生には、北辰会の発展のため、鍼灸医療の発展のためにますますご尽力されますよう、ご活躍をお祈り申し上げます。
2005年12月19日

カルテの書き方

「新しいカルテ」のやさしい書き方(1)
〜医療面接から新しいカルテへ〜

 医療面接に学ぶ会
                                   山口 功
                                   小出良子
■はじめに
 私たち医療面接に学ぶ会では「医療面接から新しいカルテへ」と題して、新しいカルテの書き方を提案し、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
 この本文は、次のような方々が手に取られることを期待して書かれています。

●カルテなんて書いたこともないし必要ない
●一応、書いているけれど自己流でうまく書けない
●カルテの正しい書き方について勉強したい

本来、カルテとは予診表、診療情報提供書、紹介状などの診療録の一部であり、「カルテ」イコール「診療録」ではありません。
ここでは診療録の中の、カルテと紹介状の書き方についてのみ考えることにします。
みんなが書けて、みんなが読んで分かる、これだけ書いてあればもう安心という「新しいカルテ」に、さあ、挑戦してみませんか。

■8割がカルテ記載
「カルテを記載している鍼灸師は83%」
これは先頃、日本鍼灸師会が行なったアンケートの調査結果です(日本鍼灸師会会報‘04.3)。ここで、最も興味深いのは、83%の鍼灸師の方々が記載しているカルテの中味です。そこには一体、何がどのように書かれているのでしょうか。

■いま、なぜカルテの書き方なのか
医療改革によって医療が大きく変ってきています。
医療機関を訪れる患者さんの疾患が以前とは異なり、感染症などの急性疾患から生活習慣病などの慢性疾患へと変ってきたからです。それにつれて受け入れ側の医療の質も変ってきたのです。
たとえば、生活習慣病では医師の薬よりも、患者さんが治療に積極的に参加する姿勢が求められます。そのためには、患者さんが自分の病気や症状について、どのように理解し感じているかがとても重要になります。
しかし、今までの問診のし方では、患者さんの考え方や感情まで引き出すことができません。
そこで、問診に代わって新しく医療面接が導入されることになったのです。医療面接により、患者さんの社会・心理的背景が的確に把握できるようになりました。医療面接の導入は「疾患中心の医療」から「患者中心の医療」への流れを大きく加速させることでしょう。その中で、医療に携わる鍼灸師だけが変わらずにいられるでしょうか。
私たち鍼灸師が「患者中心の医療」を鍼灸臨床の中で行なうためには、どうすればよいのでしょうか。臨床現場で模索する鍼灸師の課題でもあります。
いずれにしても、今までの鍼灸臨床が変るとすれば、カルテの書き方も当然、変らざるを得なくなることでしょう。
 なお、日本医師会では日本医師会誌の付録として「外来診療録―書き方の手引き」を2001年に発表しています。

■BACSと新しいカルテ
医療面接が導入され「患者中心の医療」になると、鍼灸臨床のプロセスは次のようになります。

医療面接→身体診察→診断→治療→カルテ記載

鍼灸臨床は、まず医療面接から始まります。
医療面接では病歴から予想される疾患を想定し、それを裏付けるため、次の身体診察で必要な所見をとります。ここまでで、およそ90%の診断ができるといわれています。
そして診断をもとに鍼灸治療をし、その過程をカルテに記載します。
医療面接からカルテ記載までの基本的鍼灸臨床技能をバックスBACS(Basic Acupuncture Clinical Skills)と呼ぶことにします。
このBACSでは、医療面接と身体診察に重点がおかれます。なぜなら、正しい治療は正しい診断によって導かれると考えるからです。今までのように治療能力のみに重点がおかれるのとは大きく異なります。
そこで登場するのが臨床推論です。この臨床推論という考え方は、医療面接と身体診察からできるかぎり正確に診断しょうとする試みです。その臨床推論によって疾患が明らかになれば、診断名と根拠がカルテに記載されることになります。
BACSの一つひとつは特殊な技能であるため、くり返し訓練をする必要があります。BACSを習得するには、講義を聞くという今までのような一方向性の研修よりも、ロールプレイを中心としたワークショップ(参加型体験学習)の方が効果的であるといわれています。
臨床能力の重要性があらためて見直されている現在、カルテを書くことは重要な基本的臨床能力の一つとなります。そして、カルテの書き方を学ぶことは、鍼灸臨床そのものについて考えることにもなるのです。

■カルテは何のために書くのか
身を守るため
 カルテはドイツ語で「一枚の紙」という意味です。しかし、医事訴訟が起きたとき、この「一枚の紙」をめぐって火花を散らす攻防が展開されます。まず、患者さんの代理人は、真っ先にそのカルテを押さえようとします。
 なぜなら、カルテに何が書かれているのか、その医療情報に関心があるからです。
鍼灸師が行なった治療行為に、果たして妥当性があるのか、ないのか。その判断の元になるのがカルテの記載内容なのです。
一方、カルテの記載がなければ、過失がないことを証明することも難しくなります。
また、鍼灸師の治療行為だけでなく、病状についての説明や患者さんの質問についても記載することが必要となります。その記載がなければ、適切な情報提供のもとに鍼灸治療が行なわれたと認められなくなる可能性があるからです。
いずれにしても、私たちが医療事故を起こした場合、鍼灸師を守ってくれるのは、私たち自身が記載したカルテなのです。

鍼灸は医療行為だから
医師は医師法24条により、診療録の記載が義務づけられています。ところが看護師の看護記録に法的な記載規定はありません。医療法の改正によって、看護師は「医療の担い手」として位置づけられているにもかかわらず、看護記録の記載規定がないというのは、不可解なことです。しかし、看護記録はチーム医療の中でも重要な医療情報となっています。
さて、鍼灸師はといいますと、あ・は・き法にはカルテの記載規定はありません。それなのに、なぜカルテを書かなければならないのでしょうか。
それは、鍼灸は「医療」だからです。
実は、医師の行為さえカルテを記載することによって、はじめて医療行為として認められるのです。かたや鍼灸師が誠心誠意、治療を行なったとしてもカルテの記載がなければ、鍼灸治療はなされなかったものと見なされてしまいます。
鍼灸が医療行為として成り立ち、認められるためにはカルテの記載が不可欠です。

■ カルテから学ぶ
鍼灸師が自分で書いたカルテを、時々、読み直すことも重要です。同僚や先輩の作成したカルテを読ませてもらうことは、さらに重要です。
そのカルテには、鍼灸師の情報収集のプロセスや分析・診断決定の根拠、治療部位の選択などが記載され、学ぶことが多いからです。教科書や講習会では得られない臨床の知恵が満載されています。
一方、カルテには患者さんの生活の様々な記録が残され、患者さんの生活史ともなっています。
カルテは鍼灸師が鍼灸臨床に携わった実績の記録であり、鍼灸という臨床を通して患者さんと真摯に向かい合い、共に学び合った貴重な自分自身の歴史でもあります。
次回は、「カルテに何をどう書くのか」の予定です。
          
「新しいカルテ」のやさしい書き方(2)
〜医療面接から新しいカルテへ〜
     医療面接に学ぶ会
                                    山口 功
                                    小出良子
「新しいカルテの書き方」の2回目は、カルテに何をどう書くのか、ということについて考えてみましょう。
はじめにお断りしておきますが、この新しいカルテの提案は、チーム医療をしていない、主に担当制を採用している鍼灸師を対象としています。
他の医療職とのチーム医療をしていないからといって、鍼灸師が自分だけに分る自己流のカルテを書いていればよいというわけでは決してありません。現在は、情報開示や医療事故による訴訟に対応できるカルテの書き方が、鍼灸師にも求められています。そのためには、誰が見ても一目でわかる誤解されない書き方と様式が必要です。

鍼灸医療のプロセスについて考える
さて、カルテに何をどう書くのかという問題は、言い換えれば鍼灸師が行う鍼灸医療のプロセスとは何かと問うことでもあります。
医療は科学の応用ですから、鍼灸が医療であるならば科学的思考のプロセスといわれる標準的な手順に則って、鍼灸医療のプロセスを考えてみるのも意味のあることでしょう。
その科学的思考のプロセスとは、「限られた情報と自らの知識とをもとに問題点を整理し、仮説を立て、仮説検証のための方法と対象を決め、まとめた結果を評価し仮説を検証する」ということです。
この思考プロセスを鍼灸医療に当てはめますと、
「健康上の問題を抱える患者さんに対して、患者さんの訴えや自覚症状などの主観的情報と診察や検査によって得られた客観的情報を分析し、問題点を整理して疾患を診断する。そして、その疾患に対して治療の計画を立て患者さんの同意を得て治療を実施する。その結果、診断と治療が正しかったかを評価する」ということになります。
要約すると、鍼灸医療のプロセスは次の4つで成り立っていることになります。
@ 情報収集
A 診断
B 治療
C 評価
したがって、健康上の問題を解決するために、科学的思考にもとづく標準的手順に則って情報収集→診断→治療→評価の順にカルテを記載していけば、鍼灸医療のプロセスが正確に記録されるというわけです。
今まで私たちは、カルテに自分の行った医療行為を、自己流にただ漠然とメモがわりに書いていたといっても過言ではありません。
しかし、この「新しいカルテ」によって、患者さんが抱えている健康上の問題を鍼灸師がどのように把握し、何を考えて鍼灸医療を行ったか、そして患者さんにどのような状態がもたらされたのかという一連の行為が、必要かつ充分に一定の形式で記録されることになります。
また、この「新しいカルテ」によって、正しい診断のために患者さんから引き出すべき情報は何か、除外・鑑別のために必要な所見は何か、という臨床推論の考え方も自然と身につけることができます。
そして診断の結果、どのような治療が考えられ、その治療を行なった結果、どのような評価になったのか、という鍼灸医療の思考プロセスもまたカルテに正確に記録されることになります。
それでは、カルテに何をどう書くのかについてから始めましょう。

カルテに何をどう書くのか
初診と再診(経過観察)のカルテの記載方法は、当然のことながら異なります。
まず、初診時のカルテに「何を書くか」については、(図1)に大きな項目として1)〜15)まで挙げていますのでご覧ください。なぜこのような項目になるのかについては、後述の「医療面接と新しいカルテ」でご説明します。
次にこれらの項目を一つひとつ「どう書くか」について考えてみることにしましょう。

1) 氏名 性別 生年月日 年齢 職業 住所 電話番号
  この欄は、患者さん本人が記入します。氏名は読み方を必ず確認します。
   山田(やまだ)花子(はなこ) 女性 1952年1月10日生 52歳 会社員
2) 初診年月日
西暦または元号で記載します。
   初診  2004年8月13日
3) 主訴
主訴とは受診動機です。患者さんが鍼灸院を訪れた理由を記載します。患者さんが訴えた言葉をなるべくそのまま記載するようにします。
ただし、「足が痛い」などのような表現は広範で分かりにくいので、具体的に足のどこなのか、部位を確認し解剖学的用語を用いて「足が痛い(右大腿外側部の痛み)」とします。
主訴   足が痛い(右大腿外側部の痛み)
4)現病歴 
カルテ記載の中で現病歴が最も重要です。現病歴では病気(主訴)の発症から現在までの経過を記載します。病歴聴取(医療面接)は、正しい診断のための最も有用な手段です。患者さんの言うがままにまかせて、だらだらと症状を記載するのではなく、患者さんの問題点が明確になるよう要点をまとめて病歴を記載します。症状については出来る限り詳細に、時間を追って症状の変化がわかるようにします。正しい診断をするために、鍼灸師が患者さんから何を引き出すのかがポイントになります。なぜなら、病歴だけで70%の正しい診断ができるといわれているからです。
では、ここで病気を診断するための7つの項目を次に挙げます。

@ いつ :発症日時、持続時間、頻度
3日前から  痛みは20〜30分続く  月に3〜4回痛む
A どこが:部位、放散痛
      フリーハンドで図を描くと分かりやすい(図2) 
左殿部
右季肋部の痛みが右肩上部に放散する
B どのような状況:発症のしかた、誘因の有無
急に  徐々に
重いものを持ち上げた時
C どんな性状:特徴
         ズキズキ ツーン 鈍い ピリピリ                         
D どの程度:重症度
痛みで眠れない  仕事を休んだ  家事ができない
E 緩解因子:こうすると症状が楽になる
動かさずにじっとしていると楽になる
増悪因子:こうすると症状が強くなる
階段の降りで痛みが強くなる 
F 随伴症状:主訴に関連した症状
のどが痛い(主訴)、咳が出て胸が痛む(随伴症状)
 頸部痛(主訴)、前腕外側が時々しびれる(随伴症状)

 現病歴
4ヶ月前から、ゴルフのプレイ後、左殿部につれるような痛みを徐々に感じるようになった。現在、長時間の会議になると左殿部がつれて我慢できない。横になって休むと痛みは樂になる。営業の仕事で動き回っているが、なんとか仕事は続けられる。随伴症状として左下腿後側につっぱり感がある。
重篤疾患の除外:重篤疾患や鍼灸不適応症を除外するために必要な質問です。
発熱 安静時痛 夜間痛 進行性
        じっとしていても痛み、痛みで夜も寝られない
        痛みは徐々に強くなっている 
解釈モデル:自分自身の病気について、どのように感じ、どのように考えているのか、また原因について思い当たることを記載します。   
      今まで健康でこられたので何かの報いかもしれない。もうこのまま治らないのではないだろうか
ゴルフのし過ぎが原因かもしれない
受療目的:鍼灸治療に期待すること、鍼灸治療を選択した理由を記載します。
     一刻も早く痛みをとって欲しい  私のつらい事情を聴いて欲しい
受診行動:他の医療機関の受診歴を記載します。
     A総合病院整形外科を受診、X線の結果、異常なしといわれる
5)既往歴 既往疾患 アレルギー 気胸 輸血の有無
      前立腺肥大(‘02) アレルギーなし 自然気胸(‘01)
     輸血なし
6)生活歴 生活歴の中で重要なのは生活習慣病にかかわる事柄です。アルコール、タバコについては必ず記載します。常用薬は聞きもらしのないように。面接のバイタルサインである食欲、便通、睡眠、体重の変化、そして生理や発熱についても記載します。
      毎日ビール1本 タバコ20本/日×30年 水泳2回/週 常用薬なし
      食欲は良  便通は不良  睡眠は良  体重の変化なし  発熱なし
7)社会歴 仕事の内容で病気の発生と関係がありそうなことを記載します。
      会社員(事務系)  肉体労働   長時間特定の姿勢
8)家族歴 両親、配偶者、子供、兄妹の疾病の有無、死亡者の死因と年齢
      母(慢性頭痛)  父・脳梗塞(68歳)
9)身体所見 医学用語を用い、決められた記載のし方に従います。
       疼痛領域や圧痛箇所などを記載するときには出来る限り図を用い、ひと目でわかるように示します。
まず、体格・体型などに関する事項やバイタルサインを記載します。
身長  体重  血圧  脈拍  呼吸  体温 
170p  65s  130/70 oHg   68/m・整   20/m  36.5℃
病歴から推測される疾患に必要な所見、および除外診断をするために必要な所見を記載します。
ケンプ兆候(+)センソリーマーチ(+)
SLR(なし) PTR(+) ATR(+) 足背動脈(なし)
10)診断:病歴と所見から得られた診断名を、根拠を挙げて記載します。
腰部脊柱管狭窄症:間歇跛行(+) ケンプ兆候(+) 足背動脈(なし)
11)問題リスト:上記の現病歴〜家族歴と身体所見から患者さんの問題リストを作成します。問題とは患者さんの健康的な生活や仕事を妨げるすべての事柄のことです。身体的・心理的・社会的な事柄を含めて、患者さん自身が困っていること、悩んでいること、不安に思っていること、相談したいと思っていることがすべて問題となりえます。
主訴以外の症状が3つも4つもある場合、患者さんの最も困っている症状に優先順位をつけて記載します。
@右手のしびれ A腰痛 B眠れない C肩こり
12)病状の説明:患者さんが理解できる言葉で説明します。
腰部脊柱管狭窄症を、神経の束が通っている背骨にある管が圧迫されて起こる痛みと説明、鍼灸の適応症であることを伝える。
13)治療計画:必要とされる治療回数や治療方法を記載します。
        およそ1ヶ月の治療が必要、初めは3回/週 その後、緩解率が5/10になったら1〜2回/ 週
        鍼灸併用、自宅灸をすすめる
14)日常生活の助言:患者さんの話の中から病気に悪い影響を及ぼしているものや、良い影響を及ぼすものについて助言します。
痛みの強いときは入浴を避ける 足を投げ出したり、横すわりの姿勢をしないように  頸部を冷やさないようにタオルを巻く
15)その他:かかりつけ医
       治療中、万が一緊急事態が発生した場合、かかりつけ医に直ぐに連絡が取れるよう事前に聞いておきます。

以上、初診時のカルテの書き方について考えてみました。
次回は再診時について、経過観察の記録のし方と紹介状の書き方について考えることにしましょう。


「新しいカルテ」のやさしい書き方(3)
最終回
医療面接から新しいカルテへ
医療面接に学ぶ会
                                   山口 功
                                   小出良子
みなさんは毎日の診療記録を、どのように記載していますか。
健康維持を目的として定期的に通院される患者さんの場合、つい「日付」と「治療は前回と同様」などという記載になってしまいがちです。
しかし、このような記載からは鍼灸師が何を考え鍼灸臨床を行ったのか、また、その結果、患者さんにどのような状態がもたらされたのかを伺い知ることができません。
ところが、よく観察してみますと患者さんは一人ひとり毎回、話すことも違えば、身体の状態も異なります。
そこで「新しいカルテ」の3回目は、再診時における経過観察の記載のし方と医師への紹介状の書き方について考えることにします。

■毎日のカルテをSOAP(ソープ)で書こう
SOAP(ソープ)という聴きなれない言葉が登場します。毎日の診療記録は、SOAP形式で記載しましょう。このSOAP形式を用いることにより、患者さんが抱えている健康に関する問題点や鍼灸師自身の臨床に対する考え方、そして鍼灸医療のプロセスがはっきりと浮き彫りにされます。また、記載のし方が整理されるため、誰が見ても分かりやすいカルテとなります。
 それではSOAP形式についてご説明しましょう(図1)。

S(subjective): 主観的情報 
患者さんの話から得られた情報
O(objective): 客観的情報     
身体診察・検査から得られた情報
A(assessment):評価
診断、OとSから考えられること 
P(plan):   計画(治療)
治療方針・内容、生活指導

図1 SOAP形式

 図1はSOAP形式の要点です。詳しくは次の例題をご覧ください。

S(subjective)とは主観的情報のことです。
<例>
S) 前回の治療後、翌日の朝まで体のだるさが残った。反応についての説明があったので不安にならなかった。@首の痛みは楽になったが、うがいをすると肩(肩上部)にまだズキンと痛みが走る。Aクーラーの冷えが原因か、腰が重だるい。B腸にガスがたまった感じ。
患者さんの話から得られた情報を、なるべくそのままの言葉で記載します。主訴をはじめとして、その都度、患者さんが困っていることを問題点として記載します。問題点がたくさんある場合は、鍼灸不適応症の除外を考慮し、患者さんの思う優先順位に従って、@ABと記載します。初診時の問題リストを修正しながら、毎回、簡単な問題リストを作成します。
                                  
O(objective)とは客観的情報のことです。
<例>    
 O) 頸椎の後屈痛(+)、肩甲骨内縁に著明な圧痛と硬結。L4、L5椎間関節の圧痛。
   腹部膨満、臍部に冷感。足の冷え。

 鍼灸師の診察・検査から得られた情報を記載します。たとえば膝蓋腱反射、下肢伸展挙上テスト、脈診、腹診、圧痛などについて記載します。自覚症状の疼痛領域や圧痛などの診察所見を図(フリーハンドでよい)で表現しておくと、一目でわかり、診察の助けとなります。
                                
A(assessment)とは評価のことです。
<例>
A) 肩上部痛と後屈痛(+)から頸椎の神経根症を推測。
前回の治療で緩解率6/10、回旋痛(なし)から前回と同様の治療を継続。
S)とO)から得られた情報にもとづいて、鍼灸師が何を考えたかについて記載します。病態をどのように推測するのか、その根拠は何か。ここでは臨床推論の能力が求められます。今まで何となく把握していたものが、推論して文字に表わすことによって、明確になってきます。また、前回の治療の評価、今後の治療方針についても記載します。実際に書いてみるとこのA)が最も書きにくく、また頭を悩ませるところでもあります。何を書いてよいかわからない場合は、P)の治療と合わせてA/P)として記載しても差し支えありません。
 P(plan)とは計画(治療内容)のことです。
<例>
P) ステン40-18、伏臥位、C6(内下方、20°、2cm)、上天柱、風池下(直刺1cm)
肩井、肩外兪、膏肓(斜刺0.5cm)、置鍼15分。
仰臥位、扶突(C6に向け2cm)、置鍼15分。全体治療(直接灸各3壮・手足三里、
中、肝兪、脾兪、腎兪、百会)。
長時間パソコンをしない。保温を目的に就寝時、首にタオルを巻くことをすすめる。
   痛みの原因が頸椎であることに理解を示す。長時間の同じ姿勢に気をつけ、頸部の保温を試みることに意欲をあらわす。
ここでは治療した内容について、鍼の種類、深さ、角度、方向などを詳細に記載します。また、日常生活の注意点などをどのように話したか、鍼灸師の言葉をそのまま記載します。説明に対する患者さんの反応や理解度についても具体的に記載します。
万が一、医療訴訟が提起された場合、このA)とP)とが明確に記載されていれば、鍼灸師の身を守る有力な情報源となるでしょう。

このSOAP形式は「医療面接に学ぶ会」からの提案です。難しく感じるかもしれませんが、実際に書いてみると意外にやさしく、問題と考え方が整理されてくるのが分かります。
ところが問題が明らかになる分、今までのような漫然とした治療では済ませられなくなります。勉強せざるを得ないところまで自分を追い込んでしまうのが、このカルテの難点でもあり長所でもあります。だからこそ、みなさんには今日から新しいカルテの記載を試みられるよう、是非、お奨めします。
なお、再診の記録用紙は、自由自在に文字や図が書ける白紙のコピー用紙が、かさばらず便利です。

■問題リストを整理しよう
問題リストとは、患者さんが健康上、困っている問題点を書き出したものです。
とりあえず、この問題点を全部リストアップしてみましょう。初診時の場合、問題点は主訴になりますが、主訴以外にも患者さんはいろいろと訴えます。
たとえば、主訴が「頭が痛い」という場合、問題点はまず頭痛です。しかし、よくよく医療面接をしてみると、頭痛のほかに、首や肩がこる、眠れない、食欲がない、膝も痛いとたくさんの問題点を抱えていることが分かります。これらの問題点に優先順位をつけて、
S)のところに@頭痛、A不眠、B膝痛、C肩こり、D食欲不振、と記載します。
この時に医学的な問題以外にも注目することが重要です。精神的な問題、心理・社会的・経済的な問題も、合わせて問題リストの中に入れ、たとえばE姑の介護がつらい、などと記載します。
これらの問題点について、毎回、治療ごとにS)やO)の欄で、その経過を記載していくわけです。
本来、チーム医療の場合はリストアップされた問題点一つひとつについてSOAP形式で記載することになっています。しかし、開業鍼灸師の場合、ほとんどチームの形をとっておらず、一人の鍼灸師が継続して診療に当たっているため、問題ごとのSOAP記載は実際的とはいえません。なぜならすべての問題点をSOAP形式で記載するとなると、多大な時間と記録用紙が必要となるからです。
それより診療する度に、その時々の問題点に優先順位をつけて記載する方が、より効率的であると考えます。

■医療面接から新しいカルテへ
鍼灸臨床に医療面接が導入されることによって、何がどう変わるのでしょうか。
それは、次の3項目です。
1. 鍼灸医療が患者中心に近づく
2. 臨床推論能力が高められる
3. 鍼灸臨床の思考プロセスが明確になる

1. 鍼灸医療が患者中心に近づく
医療面接では、今までのように症状だけを問診するのではなく、心理・社会面を含めて症状を抱えた一人の人間として患者さんを理解しょうとします。「新しいカルテ」では、解釈モデル、受療目的、問題リストなどによって患者中心の医療が試みられます。
2. 臨床推論能力が高められる
病歴と身体診察から病態を推測し、診断する臨床推論能力が高められます。正しい診断のための臨床推論は医療面接の目的の一つでもあります。「新しいカルテ」では、患者さんの主観的情報(S)と鍼灸師の客観的情報(O)から、常に診断・評価(A)を引き出す訓練をすることによって臨床推論能力が鍛えられます。
3. 鍼灸臨床の思考プロセスが明確になる
 @とAを行なうことによって鍼灸臨床の思考プロセスが明らかになります。
「新しいカルテ」が導入されることにより「鍼灸師が患者さんの問題点をどのように考え、患者さんの同意・理解のもとに何をしたのか、その結果、患者さんに何がもたらされたのか」というカルテ本来の目的が記録され、それと共に鍼灸の医療行為が明らかにされます。この新しいカルテこそ、訴訟が提起されたときに鍼灸師を守る最も大きな砦となるでしょう。
それでは、ここでSOAP形式と「新しいカルテ」のポイントをまとめた実例をご覧ください。



<実例> 
骨粗鬆症による3度の骨折を経験した58歳の女性が急性腰痛を訴え来院。
■解釈モデル
20代から腰痛を繰り返す。今まで2度の手術を経験し、痛みは我慢するものと思っていた。今回は思い当たることなく5日前から腰が痛み出す。整形外科では良くならないので仕方がないと思っている。
■受療目的
整形外科の医師はよく診てくれるが私の気持ちを理解してくれない。
3日後にボランティアの研修で海外へ行くが心配。このままでは腰がつらいので少しでも
楽になるならば治療して欲しい。   
■問題リスト 
@ 右下位腰椎部の痛み A海外で腰痛がひどくなるのが不安 B右肩こり

8/2 初診
  P)伏臥位で、右L4、L5椎間関節、腎兪、下志室、外大腸へ
ステンレス40-18、直刺1cm、5分置鍼。
    頸部、肩上部の筋緊張部へ単刺。入浴を禁ず。
8/3 再診
S)治療によるだるさはない。@寝返りと朝の起床時の痛みはなくなった。
椅子からの立ち上がり痛む。A不安はまだある。
B肩がずいぶん楽になった。
O)後屈痛(+)、前屈痛(なし),ペインスケール6/10
A)椎間関節症と筋筋膜症の合併と推測したが、後屈痛(+)により
 椎間関節症が残存。不安を解消するため全体調整加える。
P)ステン50-20、左右L4、L5 に3cm直刺、10分置鍼。
百会、Th3〜5に直接灸3壮。全体治療、ステン40−18、単刺(天柱、肩井、
肝兪、脾兪、腎兪、手足の三里、中)
8/4 
S)@腰痛はほとんど気にならない。これから定期的に治療を受けたい。
A不安は少しある。
  O)後屈痛(なし)、ペインスケール9/10。
  A/P) 治療は前回と同じ。腰痛は80%良くなれば、後は自然に治ること伝える。
     痛む場合は、ゴムベルトを着用、安心して海外へ行くようすすめる。

■紹介状はこう書こう
紹介状は診療録の一部です。鍼灸師から医師へ書く紹介状は、おそらく大半が鍼灸不適応疾患の精査依頼でしょう。その中には鍼灸師が判断できないもの、判断できても一応、医師の判断を仰ぎたいものなども含まれます。
「ご高診よろしくお願いします」では単なる書状で、診療録の一部とはみなされないでしょう。医師を「うーん」と唸らせるような紹介状を鍼灸師も書いてみませんか。
紹介状の内容はSOAP形式の中のS.O.Aを用いて書いてみましょう。
<例>
○○病院 整形外科
御担当 先生
 
患者○谷○子様が、平成16年8月22日に左下腿外側痛で来院されました。
2ヶ月前から間欠跛行があり、ケンプ兆候陽性、センソリーマーチ陽性です。
ただし、左大腿動脈拍動が減弱しているところから、血管性も推測されます。
ご多忙のところ恐縮ですが、ご高診よろしくお願い申し上げます。
                  
                     平成16年8月25日
                      ××鍼灸院
                       鍼灸師 ○山○男 印
紹介状の書き方の中で内容以上に注意しなければならないことは、一般常識に則って書状を書くということです。
「○○総合病院御中 ○○様」「○○先生様」「各位先生」などと、くれぐれも書かないようにしましょう。


■卒後研修はコモンディジーズを知る
 コモンディジーズとは日常病のことです。
 一般の診療所で遭遇する日常病について、高頻度順に30個知っていると75%の外来疾患をカバーできると言われています。また、厚生労働省が医師の卒後臨床研修の到達目標として示している「経験しておくべき疾患」は35項目になります。
ところで、第4回現代鍼灸業態アンケート(2002.11医道の日本)の集計結果によりますと、治療院が多く扱う疾患の第1位は腰痛、第2位は肩こり、第3位は膝関節痛、第4位は頚腕症候群、第5位は肩関節疾患、第6位は下肢痛です。1位から6位まで合わせると全体の77%になります。また、これに第7位の不定愁訴症候群、第8位の健康管理、第9位の頭痛を加えると全体の約89%、つまりほぼ9割となります。これらの疾患が、鍼灸院で扱う頻度の高い「ありふれた疾患」、つまり鍼灸院における「日常病」といえるでしょう。
第1位から9位までの症状に該当する疾患は、およそ30〜50個くらいでしょう。
そうすると鍼灸師は50疾患の知識があれば、外来疾患の90%近くをカバーできるということになります。
以上のことから、鍼灸師の卒後研修では日常病を知ることが、如何に大切かが分かります。その日常病を知るには30〜50疾患を除外・鑑別・診断・治療できる臨床推論能力が不可欠です。「新しいカルテ」は形式にそって書くだけで、自然と臨床推論が身につき、患者中心の鍼灸医療が実現できるよう工夫されています。

「新しいカルテ」のやさしい書き方は、この稿で終了いたします。これは、カルテの標準化を願う「医療面接に学ぶ会」の一つの提案です。みなさまからのご意見、ご指摘、ご批判をお待ちしています。最後に、毎回、的確なご指摘をくださった、増田正人先生、増田喜代美先生に心からお礼を申し上げます。

参考文献
1)「診療録の記載の仕方とプレゼンテーションのコツ」 酒巻哲夫、阿部好文 メジカルビュー 2)「標準的診療録作成の手引き」 全日本病院協会 医療の質向上委員会 3)「一歩進んだ診療録の書き方」レジデントノートVOL.5 NO.2,4,5 下村登規夫 4)「POSの基礎と実践」日野原重明ほか 医学書院 5)「POSなんて簡単さ」 中木高夫 医学書院
6)「POSのカルテPOMRの正しい書き方」羽白 清 金芳堂 7)「米国Problem-Based-Conference」 町 淳二ほか 医学書院 8)「米国式症例プレゼンテーションが劇的にうまくなる方法」 岸本暢将 羊土社 9)「保険診療におけるカルテ記載のあり方」改訂第2版 高木 泰 診断と治療社 10)「医療の法律学」第2版 植木 哲 有斐閣 11)「病医院に関する法律問題」 田山睦美 江東微生物研究所 12)「鍼灸マッサージに於ける医療過誤」 藤原義文 山王商事 13)「診療録の記載」信州大学医学部医療情報部 14)「診療科別正しい診療録の書き方」 阿部好文ほか 朝倉書店 
15)「見逃し症例から学ぶ日常診療録のピットホール」 生坂政臣 医学書院